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May 29 / 2015
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環境権などの新たな基本的人権を追加するとともに国民の責務を憲法に明記せよ! 100の行動96 憲法編4

初稿執筆日:2015年5月29日
第二稿執筆日:2016年11月17日

 「日本国憲法にはドラえもんの四次元ポケットがある」と言われることがある。憲法第13条「幸福追求権」のことだ。

 「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とされるこの条文は、約70年前の憲法制定以降の社会の変化によって生じた新たに保障すべき人権を、あたかもドラえもんのポケットのようにいくつも取り出してきた根拠条文となっている。学説、判例でどこまで認めるかは諸説あるが、環境権、プライバシーの権利、日照権、静謐権、眺望権、平和的生存権などだ。

 社会の変化に対応して、新たに人権を憲法に追加すべきだという議論は、国民的な賛同が得られやすい。このため、憲法改正の運動論としても、最大限に手厚い人権保障を憲法に盛り込むことは、ぜひとも実現させたい。

 だが、ここで立ち止まって、憲法のあり方に関して考察してみたい。

 憲法の基本書を見ると、大抵の場合、その半分近くが「人権」に割かれている。これは、17世紀から18世紀にかけて欧米諸国で起こった市民革命によって、絶対王政から自由と人権を勝ち取った歴史から形成された「近代立憲主義」の憲法観が、日本では未だに支配的であるからだ。「憲法は人権を保障するために国家権力を規制する制限規範である」という考え方だ。

 憲法を国家権力の制限規範とする考え方は、当然間違っているわけではない。しかし、70年間改正されていない日本国憲法と異なり、世界の憲法は既に現代憲法の考え方に移行している。市民革命時代は夜警国家的な思想のもとで憲法は国家権力から人権を守るだけで十分だった。だが、現代では、できるだけ多くの国民が主権者として国政に参画し、最良の国家をつくるための「国のあり方や社会の基本的価値観を描く基本法」という概念が憲法に追加されなければならない。

 その観点から、国民の権利及び義務、国家と国民の役割を憲法にどう規定するかを考える必要がある。

<第13条(幸福追求権)、第29条(財産権)関連> 「新しい人権」の拡充を!

 日本国憲法が定める人権は、第10条から第40条まで、実に31条項に及ぶ。安全保障に1つの条項しか割いていないことと比べると、極めて対照的だ。

 繰り返しになるが、憲法が人権を守るための国家権力の制限規範であるという考え方を否定するものではない。人権は憲法の一丁目一番地であり、最大限に手厚い人権保障が憲法に盛り込まれるべきだ。

 では、日本国憲法が制定されてから約70年間の社会の変化に応じて追加すべき人権は何かを考えてみたい。

 第1は情報化社会に対応した人権である。プライバシー権や国の説明責任(アカウンタビリティー)などがこれにあたる。これらについては2で述べることとする。

 第2は、地球環境の保全だ。これまで学説上、日照権、静謐権、眺望権などが「環境権」という言葉で論じられてきたが、それらの権利が憲法で保護されるべき権利かどうかは議論が分かれるところであろう。むしろ、地球環境の保全という、現代人が避けられない問題について、人権として憲法で保障し、国の責務を規定するべきと考える。これについては3で述べる。

 第3は、「知的財産権」「人格権」「犯罪被害者の権利」等だ。国内の判例や比較憲法論からして、憲法で保護すべき人権まで昇華していると認識される人権は、幅広く憲法規定に盛り込むべきだ。

 知的財産権とは、発明、考案、著作などの知的創造活動によって生み出されたものを、創作した人の財産として保護するための権利だ。知的財産基本法において定義され、特許権(発明の保護)、実用新案権(物品の形状等の保護)、育成者権(植物の新品種の保護)、意匠権(物品のデザインの保護)、著作権(著作物の保護)、商標権(ブランドなどの保護)などが含まれるが、憲法上は財産権のみが規定され、明確に知的財産権を保護する人権規定がない。

 外国からの産業スパイや違法コピー、海賊版の流布などが増加している現代においては、憲法で明確に保護されなければならない権利であるといえよう。一方で、知的財産権の過剰な保護がイノベーションを阻害するという考え方もある。このため、知財の保護に加えて、国が知的財産権を“適切に”保護し、我が国の成長の源泉となる学術、芸術、科学技術などの知的創造活動を推進すべきことも合わせて憲法に規定することとしたい。

 名誉権や肖像権といった人格権については、最高裁判例でも認められた人権であり、これを新しい人権として憲法に明記すべきと考えた。

 犯罪被害者の権利に関しては、近年、諸外国の憲法に取り入れられている権利だ。ロシアや韓国、メキシコなどでも近年の憲法改正で取り入れられている。日本国憲法の場合、刑事被告人については極めて手厚い条項がおかれている一方で被害者に関する規定はなく、著しくバランスを欠いている。諸外国にならって犯罪被害者の権利を憲法で保護してよいだろう。

 新しい人権を挿入する条文の場所については、知的財産権は財産権(第29条)の関連として第29条の直後に、人格権と犯罪被害者の権利に関しては、人格権が第13条(幸福追求権)から導こうとする判例があることから、第13条の直後に挿入することとしたい。

(知的財産権)

第29条の2(新設)

第1項 知的財産権は保護される。

第2項 国は、知的財産権を適切に保護するとともに、学術、芸術、科学技術その他の知的創造活動を奨励しなければならない。

 

(人格権)

第13条の2(新設)

何人も名誉、信用及び肖像にかかわる人格権を侵されない。

 

(犯罪被害者の権利)

第13条の3(新設)

国は、重大な犯罪行為による被害者、その家族及び遺族の人権に配慮し、その救済措置を講じるものとする。

<第21条(表現の自由)関連> 情報社会に対応した新しい人権を!

 日本国憲法制定当時と現在とで最も変化したのは、社会の情報化であろう。インターネットの発達した現代社会においては、プライバシー侵害の被害の影響力は大きく、保護の必要性は高い。一方で、憲法にプライバシー権を明記することには慎重な意見もある。

 例えば、お年寄りの孤独死などを防ぐために、民生委員などが中心となって一人暮らしのお年寄りを見守る活動をする際に、個人情報保護が壁となって、自治体から個人情報を十分に得ることができない、といった弊害も生じている。憲法でプライバシー権が規定されれば、過剰にプライバシー権を振りかざす事態や、プライバシー保護のために自治体等が柔軟に情報提供できないような事態も想定できる。

 プライバシー権は、伝統的には「干渉されない権利」「ほうっておいてもらう権利」といった概念であった。だが、情報化社会が進展した現代においては、「自治体等の他者が管理している自己の情報についてコントロールできる権利」、つまり、「インターネットなどで自己の情報を不当に利用されない権利」とすべきであろう。このため、「ほうっておいてもらう権利」というニュアンスの強い「プライバシー権」という言葉は使わず、「自己情報管理権(自己に関する情報をコントロールする権利)」という言葉を用いたい。

 加えて、国及び自治体がプライバシー権の重要性に配慮して適正に管理する責務に関しても、憲法で規定することを提案したい。2015年からはマイナンバー法が施行される。だからこそ、国や自治体における個人情報の適正管理は憲法でも規定すべき重要事項であるといえよう。

 次に、国民の「知る権利」だ。「知る権利」は、民主主義社会における国民主権の基盤とされる。国政の最終決定を下す国民が、その決定権行使の前提として、国政に関する情報を知るための権利とされる。

 「知る権利」の要請から1999年に情報公開法が施行されている。憲法上の権利として、国の「説明責任(アカウンタビリティー)」とするか、国民の「情報公開を求める権利」とするかだが、アカウンタビリティーとすると、国がどこまで国民に「説明」をすれば憲法上の義務を果たすことになるのか、際限がなくなってしまう可能性がある。

 このため、国民の情報公開請求権を権利として定め、公開を求められた国は、情報を「適切に公開」する責務を負うとしてはどうか。国は求められたあらゆる情報を公開する義務を負うのではなく、国の安全や公益から判断し、公開可能な情報を適切に公開する。

 条文を挿入する場所については、知る権利が第21条の表現の自由の関連とされることから、第21条の直後とした。

(自己情報管理権)

第21条の2(新設)

第1項 何人も、自己に関する情報をコントロールする権利を有する。個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用することは許されない。

第2項 国及び地方自治体は、個人に関する情報を適正に管理しなければならない。

 

(情報公開請求権)

第21条の3(新設)

国民は、国に対して国政に関する情報の公開を求める権利を有する。

<第25条(生存権)関連> 持続可能な社会とするための国の環境保全責務の明記を!

 現行の日本国憲法は、自然環境保護・保全に関してなんら規定を置いていない。日本国憲法が制定された当時、環境問題は表面化していなかったから当然といえるし、憲法を国家権力の制限規範とする考え方からは、国家の責務として環境保全を掲げる考え方は決して出てこない。

 しかし、今では地球環境保護の重要性は極めて大きくなっている。

 このため、各国憲法を見ても、1990年代以降に制定された100カ国の新憲法のうち、実に90カ国で環境の保護条項が導入されている。例えば、2011年に国賓として国王夫妻が来日してブームとなったブータンの憲法では、「政府は国の自然資源を保守し、生態系の退化を防止するために、ブータンの全国土の60%が常時、森林によって被覆されていなければならない」と具体的数値目標まで設定し、政府の環境保護に関する責務を明示している。

 ドイツの憲法でも、「国は、自然的生存基盤および動物を保護する」と国の自然環境保護を規定している。

 現代の世界は地球温暖化や環境破壊など1カ国では対応できない世界規模の環境問題に直面している。地球規模の環境問題に立ち向かうべきことは、100の行動でも提言した。

100の行動76環境2<地球を守れ!自然を人間から隔離し、人間が汚染した物は再利用を徹底せよ!>

 条文を挿入する場所については、持続可能な環境のもとで生きる権利を保障する観点から、第25条の生存権の関連と考え、第25条の直後とした。

(国の環境保全義務)

第25条の2(新設)

国は、未来の世代への責任を果たすため、自然環境の保全に努めなければならない。 

<第12条(基本的人権)関連> 自由と権利には責任と義務が伴うことを明確化せよ!

 日本国憲法が、「国家権力から国民の権利を守るために権力を規制する制限規範である」とする考え方に基づく憲法であることはすでに述べた。このため、日本国憲法には、人権、国民の権利については手厚く規定されているものの、国民の責務についてはあまり規定されていない。

 もちろん、個人の権利は最大限尊重されなければならない。しかし、自由と権利には、責任と義務が伴うのは明白である。憲法が「国のあり方や社会の基本的価値観を描く基本法」であるとすれば、その自由と権利には自己責任が伴い、国民は社会に対する義務があることも憲法上明記しなければならない。

 憲法編2において前文に記すべきとした、個よりも社会を大事にし、社会的責任を果たすという良き武士道精神のような考え方はもっと強調されなければならない。

 その為には、現行憲法上、唯一の人権の制約根拠となっている「公共の福祉」を明確化する必要がある。

 「公共の福祉」という表現は、曖昧であり学説も様々となっている。基本的考え方として「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」といった解釈があるが、大震災の後の復興の際の財産権の問題や、道徳の維持などを人権相互の衝突という点だけで説明するのには無理がある。

 国際人権規約でも、「国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」といった人権制約原理が明示されている。このため、人権は万能のものではなく、国の安全や公の秩序、公衆の健康、道徳の保護などを目的として、その制約が正当化されることを明記すべきだ。

 文言については、国際人権規約にならって、「国の安全、公の秩序、公衆の健康と道徳の保護」とすればよいだろう。

 なお、日本国憲法ではこの「公共の福祉」という言葉が、第12条のほかに、第13条(幸福追求権)、第22条(居住、移転及び職業選択の自由)、第29条(財産権)の条項にも登場する。そのため、これらの条文においても同様に文言を揃えることとする。

(基本的人権)

第12条

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、責任及び義務が伴うものであり、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ国の安全、公の秩序、公衆の健康と道徳の保護に反することのないようにしなければならない。

 

(幸福追求権)

第13条

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉国の安全、公の秩序、公衆の健康と道徳の保護に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

(財産権)

第29条

第1項 財産権は、これを侵してはならない。

第2項 財産権の内容は、公共の福祉国の安全、公の秩序、公衆の健康と道徳の保護に適合するように、法律でこれを定める。

第3項(略)

<第26条(教育の権利及び義務)> 「教育」の重要性と国家の責務について憲法で明記を!

 資源もなく国土も狭い我が国が将来にわたって維持・発展し続けるための源泉は「人」である。憲法は、「国のあり方や社会の基本的価値観を描く基本法」という考え方から、人を育てるための「教育」の重要性を日本の憲法では明記すべきであろう。

 現行憲法では、国民の教育を受ける権利を保障し、義務教育を無償としている。これは、義務教育によって、憲法で保証する「健康で文化的な最低限度の生活を営む」能力を育成することを、国家の責務であると考えてのものだ。しかし、義務教育ばかりでなく、高校、大学へも積極的な施策を講じる根拠として、憲法に国の教育に関する責務を明記することを提案したい。

 また、現行憲法(第89条)では、「公の支配」に属さない教育への助成を禁止しているために私学助成が違憲となってしまうという不合理な条文があるため、この規定もあわせて改めるべきであろう。

(教育に関する権利及び義務ならびに国の責務)

第26条

第3項(新設)

国は、未来における国の維持と発展が教育によるものであることを考慮し、教育環境の整備に努めなければならない。

 

(公の財産の支出及び利用の制限)

第89条

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない国若しくは地方自治体その他の公共団体の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

 次の100の行動97では、国会・内閣に関して議論をしていきたい。憲法に関する議論もあと2つである。

 2016年11月3日を以て、日本国憲法は古希を迎えた。同年7月の参院選の結果、憲法改正に前向きな勢力が衆参両院で3分の2以上の議席を占め、戦後初めての憲法改正が可能な政治状況となる中、衆議院、参議院の憲法審査会も実質的な議論を再開した。再開された国会の憲法審査会においては、自民党、公明党、維新の党などが、改憲を積極的に訴えるか又は容認している。与党のうち公明党は「加憲」という考えを主張している。時代の進展に伴って必要となる新たな理念・条文を加えて補強していくという意味で、今回の「行動」で取り上げた人権などはそういった要請に最も合致するものだろう。現行憲法は不磨の大典ではない。70歳を迎えた日本国憲法を現代の社会情勢に合わせて改正するため、政治の「行動」を求めたい。



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