レジティメート・パワー(国際機関を通しての発言力アップを!)100の行動19 外務5
Tweet |
初稿執筆日:2011年9月26日
第二稿執筆日:2015年5月12日
2011年に国際通貨基金(IMF)の専務理事であったドミニク・ストラス・カーン氏がホテルのメイドとの疑惑にて逮捕された事件は、記憶に新しい。その後、フランス国の財務大臣であったクリスティーヌ・ラガルド女史が、専務理事に就任するに当たり、中国が1つの条件をつけてきた。4人目の副専務理事ポストに、中国の中央銀行である中国人民銀行元副総裁の朱民・特別顧問を指名することを求めてきたのだ。資本主義・市場主義の象徴であるIMFの重要ポストを、中国が獲得したのはこれが初めてである。
このポスト獲得は、GDP(国内総生産)世界第2位、外貨準備高世界第1位という、中国の国際経済における存在感の反映のみならず、先のIMF専務理事選挙において、ラガルド氏を最終的に支持した中国政府による政治力が大きく反映されたものとして見るべきであろう。
重要な国際機関の主要ポスト獲得は、国際社会における自国の国力と影響力・評価などの指標となる。さらに、ルール・メイキング・プロセスに関与することにより、国益を維持することができるので、各国は、主要ポストを巡り、虚々実々の外交ゲームを繰り広げている。
国際機関(international organization)とは、構成員は国家であり、条約によって設立され、常設の事務局を有する組織のことと定義できよう。
世界には、普遍的国際機関として国際連合がある。また、専門機関もしくは一部の国・地域に限定された機関として、世界銀行、国際原子力機関 (IAEA)、経済協力開発機構(OECD)、 国際エネルギー機関(IEA)、世界貿易機関(WTO)、欧州連合(EU)、米州開発銀行(IDB)、湾岸協力会議(GCC)、石油輸出国機構 (OPEC)、アラブ連盟(LAS)、アフリカ連合(AU)アジア太平洋経済協力(APEC)、東南アジア諸国連合 (ASEAN)などがある。最近では中国を中心としたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の動きもあり、アジア開発銀行(ADB)への日本のさらなる貢献が注目されている。
では、なぜ国際機関が重要なのか? それは、日本単独の外交政策では実現できない施策について、普遍性(幅広い諸国の参加)と専門性(世界中の情報や知見の集約)に支えられた正統性(レジティメート・パワー)を有する国際機関でで取り上げ、決議することにより、我が国の国益に資することが期待されるからである。簡単 に言ってしまえば、「国連決議」がなされると正当性を持つのである。だからこそ、米国が武力行使をする際にも、正当性を獲得するために、国連を舞台にギリギリまで外交努力をするのだ。
但し、正統で権威あるレジティメートな国際機関では、政策方針・国際間ルールが規定された場合、加盟国は遵守することが求められる。日本に不利な決定・決議がなされたら、日本はそれを遵守しなければならない。したがって、「アジェンダ・セッティング(論点提起)」と「ルール・メイキング(規約策定)」のプロセスが非常に重要であり、そのプロセスに関与する人材の質・量・ポジションこそが、外交力の最大のポイントとなるのだ。
日本が国際機関でのレジティメート・パワーを活用して、戦略的に日本外交を展開するために、以下の通り、今後の取り組むべき政策について提案したい。
日本の常任理事国入りの外交活動を活発化せよ!
あらゆる国際機関の中で、最も広範な権限と普遍性に支えられた正統性を有しているのは国際連合である。この国連において、日本のプレゼンスとポジショニングを高めることは極めて重要である。
2006年に起こった北朝鮮によるミサイル発射に対する国連安保理決議では、日本が非常任理事国を務めていたから北朝鮮非難決議まで出すことができた。もしも、日本が安全保障理事会に入っていなければ、あそこまでの非難決議に持っていけたかどうかは怪しい。なぜならば、日本政府は北朝鮮のミサイル発射を、国際社会の平和と安全、大量破壊兵器の不拡散の観点からも極めて重大な脅威と受け止め、非常任理事国として直ちに国連安保理において安保理決議案を提示し、関係国と緊密に連携して採択に向けた働きかけを開始することができたからである。
日本は、小泉純一郎政権下で、ドイツ、インド、ブラジルと連携して常任理事国入りを目指したものの、2005年9月の国連総会では、日本の常任理事国入りに強硬に反対する中国・韓国による多数派工作に敗れ、安保理改革の具体策は先送りされた。その結果、日本の最重要の外交目標である常任理事国入りは、未だに実現されていない。
今、地球次元の問題を世界は多く抱えている。環境・気候変動、核軍縮・不拡散、紛争解決や平和構築、テロ、貧困、感染症など、地球規模課題が国際社会おける主要課題として顕在化している。国際機関を中心とした課題解決のための国際協調の必要性が高まっている。だが、冷戦の終結や新興国の台頭により、国際秩序の構築・維持はより複雑になりつつある。だからこそ、日本としても、世界平和、世界秩序の維持等に積極的に参画する責任がある。政府が積極的に発言し、主要なポストを求める姿勢を示すことが必要だ。
当然、日本が常任理事国としての役割と期待に応えられることを示すためにも、国際協力活動の強化に不可欠な施策を、同時並行で措置することも求められる。だからこそ、集団的自衛権を認めることは重要だ。
日本は 2016年1月から国連安全保障理事会の非常任理事国に復帰する。これで安保理入りは11回目(1回の任期は2年)。非常任理事国で最多だ。これを機に安保理改革と常任理事国入りに向けた外交活動を本格化し、日本が積極的に世界に貢献し、その貢献に相応しい地位と権限、発言力を得ることが重要である。
国際機関への出資・拠出を通じて正当なパワーの行使を! ADBやAPEC設立当時のようなリーダーシップを再び発揮せよ!
国連での安保理常任理事国入りを通じた日本の「パワー」の増強に加えて、それ以外の国際機関における日本の影響力を高める努力が必要だ。
そのためには、
・国際機関への出資、拠出等を通じたエクイティによるパワー
・日本への国際機関本部等の誘致によるパワー
・国際機関トップのポストを獲得することによるパワー
・多くの日本人をスタッフとして国際機関に送り込むことによるパワー
が必要だ。順を追って説明しよう。
国際機関への出資・拠出を通じたパワーの行使を現在進行形で実現しようとしているのが、中国によるアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立の動きだろう。
習近平氏が2013年10月にAPEC首脳会議で設立を提唱したAIIBは、当初、東アジア、東南アジア諸国が参加するだけの小規模なものになると見られていたが、いまや英、独、仏、イスラエル、オーストラリアなどの西側を含む57カ国が参加を決めており、2015年中の設立が予定されている。中国は最大の出資国となり、本部は北京に置かれる予定だ。
中国は、IMFや世銀、アジアにおいてはADB(アジア開発銀行)などにおいて、中国等新興国の利害が反映されないのに業を煮やし、「だったら先進諸国が決めたルールに縛られずに、自らの影響力を行使しよう」とAIIBの設立に動き出した。国際機関を新たに「設立」し、出資によるエクイティで国際社会におけるパワーを生み出そうとしている明らかな事例である。
アジア・太平洋地域における国際機関や国際会議に関しては、成長期の日本がリーダーシップを発揮してきた。
アジア開発銀行(ADB)は、日本の大蔵省が主導してアメリカを巻き込んで1966年に設立し、出資比率もアメリカと並んでトップ、歴代の総裁は常に日本人(大蔵省OB)が占めている。アジア太平洋経済協力(APEC)は、TPPを先取りしてアジア・太平洋地域の経済協力を議論するフォーラムであり、1989年に当時の通産省が主導してスタートし、毎年1回閣僚会議が開催されてきている。
日本は、ADBやAPEC設立当時のリーダーシップを再び発揮し、国際機関への拠出等を通じたパワーの拡大に努めることが必要だ。
一方、アジア以外に目を向ければ、主要な国際機関における日本のエクイティは、米国に次ぐ規模となっているものが多い。国連への分担金比率は米国の22%に続き、日本は10.8%で2位。世界銀行グループは、国際復興開発銀行(IBRD)と国際開発協会(IDA)を指すが、IBRDへの出資は米国の16.7%に続いて2位の7.2%、IDAへの出資も米国の20.7%に続いて2位の18.9%。IMF(国際通貨基金)への出資も、米国の17.4%に次ぐ2位の6.46%である。
日本はこれらのエクイティを維持する(IMFへの出資は6.39%で3位まで浮上している)とともに、エクイティに相応したパートナーとしての発言権を確保する必要があろう。
国際機関や国際会議の積極的な誘致を!
次に、日本への国際機関本部等の誘致によるパワーの拡大である。
スイスには国際機関の本部が集中している。永世中立国であることに加えて、歴史的経緯や地理的要因などによって国際機関の本部がスイスに集まり、その集積が強みとなってさらに多くの国際機関が集まっていった。
ジュネーブには、国際労働機関(ILO)、世界保健機関(WHO)、世界貿易機関(WTO)、赤十字国際委員会(ICRC)、世界知的所有権機関(WIPO)など、多くの国際機関の本部が所在し、オリンピックを主催する国際オリンピック委員会(IOC)はローザンヌ、W杯を主催する国際サッカー連盟(FIFA)はチューリヒと、スポーツ関係の国際機関の多くもスイスに本部を置いている。ジュネーブの人口はわずか18万人、ローザンヌも13万人、チューリッヒも37万人に過ぎないのに、である。
アメリカには、国際連合の本部がある。第二次世界大戦によって欧州諸国が疲弊していた当時、米国が積極的に働きかけ、土地も無償提供して、ニューヨークに誘致している。同様に同時期に設立された世銀、IMFの本部もワシントンD.C.である。
では、日本はどうか。現在、日本に本部のある国連関連機関は、国際連合大学(UNU)と国際熱帯木材機関(ITTO)の2機関にしか過ぎない。日本外交のパワーを形成するためには、スイスまでとはいかないまでも、国際機関や国際会議の積極的な誘致を行うことが必要である。
そのためには、まずは東京の都市としての競争力を飛躍的に向上させ、国際化を徹底する必要があろう。そのための方策は、
「大都市の国際競争力強化で、日本全体の底上げを! 100の行動60 国土交通4」で述べた。
その上で、国際機関や国際会議を積極的に誘致する官民を挙げた努力が必要だ。日本では、これまで1度もフォーブス・グローバルCEO会議が開かれたことはないし、ダボス会議の東アジア会議も、2006年以降日本での開催はなかった。国際会議等の集積が日本のパワーとなり、国際機関の本部等を日本に置くメリットが生まれ、それがまた日本のパワーとなるといった好循環を生むはずだ。
国際機関のトップのポジションを獲得するための取り組みを!
次に、国際機関トップのポストを獲得することによるパワー拡大である。
冒頭に触れたIMFの副総裁に就任した中国の朱民氏は、世界経済フォーラムの理事も務め、ダボス会議では、スター的な存在になりつつある。英語も上手で、常にキーノートのセッションに登壇し、さりげなく中国のポジションを主張し、中国への風当たりを和らげているのだ。国際機関のトップ層に就任するためには、自らの能力とともに、IMFの副総裁に押し上げるような政府のバックアップ力が必要となる。
日本の場合には、2014年、世界銀行の副総裁に財務省国際局担当の仲浩史審議官が就任した。複雑な国際社会における各国政府と政策調整が必要な国際機関において、日本人の調整力や根回し能力といった交渉力は本来強みのはずであるが、国連ならびに主要国際機関におけるハイレベル職員 (ASG:Assistant Secretary General- 事務次長補相当以上)の主な日本人職員は、国際協力機構(JICA)理事長の緒方貞子氏、元・国連事務次長の明石康氏、小和田恒氏が国際司法裁判所裁判官(所長)、天野之弥氏が国際原子力機関(IAEA)事務局長、赤阪清隆氏が国連広報局担当事務次長、西水美恵子氏が世銀の副総裁を務めるなど喜ばしいことであるが、少数であることに変わりはない。しかもほとんどの場合が、官僚出身である。もっと幅広いキャリアの人々がそのレースに参画し、世界のトップに躍り出る努力をしても良いと思う。
日本的な手法のとしては、民間がもっと積極的に国際機関に人材を出向させ、場合によってはそのまま国際機関でのキャリアを追求させるための転籍制度を創るのも一案かと思う。また、海外と比べて、日本の場合、総理大臣経験者や大臣経験者が、そのキャリアを活かして世界で活躍していないのが気になるところだ。日本では、元外務大臣の川口順子氏、さらには元総務大臣の竹中平蔵氏の活躍は特筆すべきだが、もっと層を増やしたいところだ。IMFのトップや、国連のトップに毎回立候補できるような人材の拡充を目指したい。
世銀総裁は米国から、IMF専務理事は欧州から選出するのが「暗黙の了解」となっている。国際機関のトップ人事は、いわば「国際政治の縮図」である。だからこそ、日本も政治が本腰を入れて、民間人材との連携や後述する人材育成とも絡め、国際機関トップ人事に戦略的に取り組むべきだ。
国際機関で活躍する人材を送り込め!「未来の緒方貞子育成プロジェクト」を!
最後に、人材育成だ。
国際協力機構(JICA)理事長をつとめた緒方貞子氏は、1990年代、国連難民高等弁務官に3回再任され、合計10年間務められた。在任中には、内戦下のサラエボに自ら防弾チョッキ1枚で現地視察を行い、クルド難民問題では「国内難民」の定義を初めて国際社会に提示するなど、多大なる実績を上げられ た。
退任後も、アフガニスタン支援政府特別代表、アフガニスタン復興支援国際会議共同議長を歴任し、「人間の安全保障」の分野でも精力的な活動を行うなど、国際社会に多大な貢献をされた。
筆者もダボス会議に何度か参加しているが、緒方貞子さんへの国際社会の評価の高さは尋常でない。国連事務総長をはじめ、数多くの世界の有識者は「Sadako」と親しみを込めて呼んでいる。緒方氏の功績、国際社会での日本の評価が上がった事実である。
今後、緒方貞子氏のような、国際機関で活躍し得る人材を次々と輩出することが求められる。名付けて、「Sadako Project」だ。
国連・世界銀行・国際通貨基金・アジア開発銀行など、日本との関係が強い主要な国際機関において、概ね共通している日本の問題点は、いずれも大口出資国・費用負担国であるにもかかわらず、人材力が弱いことからアジェンダ・セッティングとルール・メイキングにおいて存在感、影響力、リーダーシップが十分に発揮されていないのである。
職員の数も重要である。国連の場合、日本の国連通常予算分担比率は既述のように米国に次ぐ世界第2位だが、2009年6月末現在の国連事務局における職員数と「望ましい職員数」では、日本は世界第5位の111名であり、望ましい職員数の312名を大幅に下回っている。
国際機関は加盟国の予算負担に応じて職員数を各国から採用するのが基本的なルールであるが、大半の国際機関では日本人職員の占める割合は一貫して低い。
政府は国際機関の邦人職員の増強を図る施策を行っている。外務省国際機関人事センターによる優秀な人材の発掘と応募勧誘のための「ロスター登録制度」や、国際機関に勤務を希望する若手邦人を外務省の経費負担により原則2年間国際機関に派遣し、勤務経験を積む機会を提供して正規職員への途を開く「JPO(Junior Professional Officer)派遣制度」などである。
国際機関で活躍する日本人を増やすことは一朝一夕には成就しない。国際機関で働く「若い」日本人職員を増やし、生え抜きを地道に幹部職員へと育成する長い道のりとなる。外務省のJPO派遣制度は原則2年と短いが、国際機関の正規職員への採用は2年以上かかることが通例であり、この制度を拡充することも必要であろう。
レジティメートなパワーをどうやって地道に獲得し、発揮していくかを論じてきたが、やはりキーワードは人材の育成と世界に出て行く積極性だ。「日本が、世界の平和や問題解決に積極的に高い次元で貢献するのだ」という強い意思が政府の政策に反映されることが重要である。
その結果、 世界からの感謝であれ、常任理事国への就任であれ、国際機関におけるレジティメート・パワーの獲得に繋がっていくのである。
大いに人材を育成し、世界に旅立ち、そして貢献しよう。その結果が、日本の国際社会における地位の向上に繋がるのである。
Tweet |
前の記事 | 次の記事 |